素粒子と聞くと、なんだかとても難しく掴みどころのないもののように感じるかもしれません。実際、掴みどころのないものであることは間違いないのですが、この世界にあるものを構成する基本的なレゴのブロックのようなもので、それに不思議な響きの名前が付いていると考えると、それほど難しく考えずに捉えることができるのではないかと思います。この記事では、できるだけわかりやすく原子の構造、そして素粒子についてお話ししてみたいと思います。
素粒子とは何か
素粒子は英語で「Elementary particles」ですから、その名の通りこの世界にあるものを構成する基礎的な粒子です。上記の通り、いろんなものを作ることのできるレゴのブロックみたいなものですね。このような万物が何か基礎的な構成要素から成るという考え方は、人類の歴史を振り返るとかなり古い時代からありました。
原子の歴史
古代ギリシャ
原子を意味する英語は「Atom」です。この言葉はギリシャ語で、それ以上分割することができないことを意味する言葉「Atomos」に由来しています。紀元前5世紀ごろ、レウキッポスやその弟子デモクリトスらは「アトモン(Atomon)」すなわち「それ以上分割することができない」が物質を構成する最小単位であるという論を唱えていました。
トムソンのプラム・プディング・モデル
1897年、イギリス人のJ.J.トムソンが、分割できないと考えられていた原子の中に電子(Electron)が含まれていることをを発見します。すると原子は物質を構成する単位ではないことになります。トムソンが考えたのは、原子がプラム・プディングのようなものだとするモデルで、プラム・プディング・モデルと呼ばれます。日本語ではぶどうパンモデルと訳されているようですね。
プラム・プディングとはどんなものかというと、以下の写真のようなものです。クリスマス・プディングとも呼ばれ、その名の通りクリスマス時期に食べるデザートで、ドライフルーツの入ったケーキです。生クリームをかけて食べるとより美味しいです。
トムソンは電子の質量が、原子の質量の比べて極めて小さいことから、原子がプラム・プディングだとすると、電子はその中に入ったドライフルーツのようなものだと考えたのです。彼はドライフルーツは負の電荷を持ち、残りのケーキの部分は正の電荷を持つとしました。ですが、このモデルは弟子によって覆されます。
ラザフォードの惑星モデル
1911年、ニュージーランド生まれのアーネスト・ラザフォードが、金箔にアルファ線を当てる実験結果に基づき惑星モデルを発表します。トムソンのモデルとの違いは、正の電荷と質量の大部分が原子の中心部に集中しているという点です。太陽の周りを回る惑星のように、小さな電子が中心核の周囲を回っているとしたことから惑星モデルと呼ばれます。
ですが、電子が原子核の周りを周回しているとすると、中心へと向かう加速度すなわち向心加速度が働くことになります。電磁気学に基づいて電子に働く力を計算し加速度を導出したところ、電子は光を放出してエネルギーを失い、原子核に落ち込んでしまうことになってしまいました。これでは原子が安定して存在することができません。
ボーアの原子模型
1913年、デンマーク人のニールス・ボーアが提唱したのが、私たちも学校で習ったボーアの原子模型です。これは皆さんも馴染みが深いのではないでしょうか。正の電荷を帯びた原子核(Atomic nucleus)の周りを負の電荷を持った電子が同心円状の「安定した」軌道上を周回しているモデルです。
ボーアは、円運動をしていても電子が光を放出してエネルギーを失うことのない安定な状態があると仮定しました。これを定常状態と呼びます。定常状態は不連続な決まったエネルギーを持っていて、電子が定常状態の軌道間を移動するときにだけ光を放出します。
陽子と中性子
1918年にラザフォードが陽子を発見し、1932年にはイギリス人のジェームズ・チャドウィックが中性子を発見します。原子核が陽子(Proton)と中性子(Neutron)から成っているというのは、私たちにも馴染みがありますよね。20世紀の初頭、万物は電子、陽子、中性子という3つの要素で全て説明することができ、物理学はとてもシンプルでした。
陽電子
ところが、物質のもっとも基本的な構成要素と考えられた3つの粒子だけでは説明のつかないような現象があることがわかってきました。例えば、電子は負の電荷を持ったものですが、正の電荷を持った電子のような粒子があることがわかりました。これは陽電子(Positron)と呼ばれるものです。
ベータ粒子
また、原子核から高速で電子や陽電子が放出されることもあります。このような現象をベータ崩壊、このときに放出される電子、または陽電子をベータ粒子と呼びます。ボーアのモデルでは核の周りを周回しているはずの電子が、ベータ崩壊のような現象では原子核の中から飛び出すのではつじつまが合いません。つまり、これらの現象を説明するためには、さらに基礎的な構成要素が必要となったのです。
素粒子の標準模型
現在、物質は上の表の素粒子から成ると考えられています。クォーク、ニュートリノなどといった言葉は、聞いたことがあるかもしれません。20世紀初頭には3つだった構成要素が、この表では17も登場しているとなると、難解な物理学の世界はますますよくわからないもののように感じます。でも、これらの素粒子をグループ分けして見ていけば大丈夫です。
まず、素粒子は2種類に分けることができます。それは、フェルミ粒子(Fermion)とボース粒子(Boson)と呼ばれるものです。この宇宙にある素粒子は、全てこの2つのどちらかということになります。それぞれの素粒子は質量、電荷、スピンに固有の特徴を持っています。
質量、電荷というのは馴染みがあると思いますが、スピンに関してはどういうものかと実態を考え始めるとちょっと複雑です。実際に、粒子が地球の自転のように回転しているという状態ではないのですが、回転しているときのように粒子が磁石になることによって現れる性質とでもいうものです。ここでは、質量や電荷と並んで粒子が固有に持つ量と考えることにしましょう。ボース粒子のスピンが1であるのに対し、フェルミ粒子のスピンは1/2です。
フェルミ粒子
フェルミ粒子と呼ばれるものの中にはさらに2種類の素粒子があります。クォーク(Quark)とレプトン(Lepton)と呼ばれるものです。ちなみに英語では「クヮーク」の発音に近い音で発音します。
クォーク
クォークと呼ばれる素粒子の中にはさらに6つの種類があります。アップ・ダウン、チャーム・ストレンジ、トップ・ボトムの6つです。なんとも不思議な名前ですよね。アップ、チャーム、トップの電荷が+2/3であるのに対し、ダウン、ストレンジ、ボトムの電荷はー1/3です。この値は以下のバリオンの説明のところで重要になるので頭の片隅に置いておいてください。
レプトン
レプトンにも6種類のものが存在します。まず、電子、ミュー粒子、タウ粒子の3つですが、これらの粒子は全てー1の電荷を持ちます。ミュー粒子は電子よりも質量が大きく、タウ粒子はミュー粒子よりもさらに質量が大きい粒子です。
残りの3つはニュートリノ(Neutrino)と呼ばれるものです。こちらも電子にも似た粒子ですが、電荷がありません。電荷がなく「ニュートラル(中性)」でかつとても小さな粒子なのでニュートリノと呼ばれます。ニュートリノには前述の電子、ミュー粒子、タウ粒子にそれぞれ対応するエレクトロン・ニュートリノ、ミューオン・ニュートリノ、タウ・ニュートリノの3種類があります。
アンチマター
フェルミ粒子には、それぞれに対応するアンチマターと呼ばれるまた別の粒子が存在します。アンチマターは上述のフェルミ粒子とは逆の電荷を持ちます。例えば、電子のアンチマターは正の電荷をもつ陽電子というわけです。
ハドロン
素粒子が複数組み合わさってできた複合粒子と呼ばれるものも存在します。ハドロンの中には、バリオン(Baryon)とミソン(Meson)の2つがあります。
バリオン
3つのクォークから成る粒子をバリオンと呼びます。陽子や中性子もこのバリオンに分類され、その構造は3つのクォークから成っています。
陽子の構造
陽子は2つのアップクォークと1つのダウンクォークから成るバリオンです。3つのクォークの電荷について考えてみると、アップが+2/3でダウンがー1/3だったので、3つの電荷を合わせると電荷は+1になります。陽子は正の電荷を持つので理にかなっていますね。
中性子の構造
中性子は1つのアップクォークと2つのダウンクォークから成るバリオンです。こちらも同様に3つのクォークの電荷について考えてみると、アップが+2/3でダウンがー1/3であることから、3つの電荷を合わせると電荷はーになります。中性子は電荷を持たないのでこちらも理にかなっています。
ベータ崩壊
原子核から電子が飛び出す前述のベータ崩壊について少し考えてみます。電子が飛び出すベータ崩壊では、原子核の中で中性子が陽子に変わるという現象が起こっています。
中性子 → 陽子 + 電子
まず電荷Qについて考えてみると、中性子の電荷は0、陽子の電荷は+1、電子の電荷は−1ですから、上記の式の矢印の右と左で電荷の合計は保存されている(同じである)と言うことができます。
中性子 → 陽子 + 電子
Q 0 +1 −1
次にバリオン番号と呼ばれるものについて考えてみます。中性子と陽子はバリオンであるため、バリオン番号1を持っています。一方電子はバリオンではないためバリオン番号は0です。こちらも式の左右でバリオン番号は保存されています。
中性子 → 陽子 + 電子
B+1 +1 0
バリオン番号と同様に、レプトンにもレプトン番号と呼ばれるものがあります。これもまた式の左右で保存されるべき数字なのですが、中性子と陽子はレプトンではないため、レプトン番号は0、電子のみがレプトン番号であるためこの式の左右でレプトン番号が保存されないという問題が発生します。
中性子 → 陽子 + 電子
L 0 0 +1
電荷とバリオン番号を保存するために、それぞれが0でかつレプトン番号が−1であるものが一緒に放出されなければいけないと言うことになります。そこでわかったのが、アンチレプトンニュートリノと呼ばれるものが放出されるということです。ニュートリノは非常に軽いため速度が速く、他の物質と相互作用しません。
中性子 → 陽子 + 電子 + アンチレプトンニュートリノ
Q 0 +1 −1 0
B+1 +1 0 0
L 0 0 +1 −1
このようにすると、電荷、バリオン番号、レプトン番号の全てが保存されることになります。
ミソン
クォークとアンチクォークの2つから成る粒子をミソン(Meson)と呼びます。日本語では中間子と呼ばれていますが、個人的にカタカナの方が覚えやすかったのでミソンと書いています。
ボース粒子
以上がフェルミ粒子についてでした。今度はボース粒子と呼ばれるものについて見ていきます。ボース粒子は、フォースキャリアとも呼ばれて、その名の通り「力」を運ぶ(媒介する)粒子です。
光子
光子(Photon)は電磁力を媒介する粒子です。光も電磁波ですから、光子が電磁波を媒介するというのは理にかなっていますね。
ちなみに素粒子に働くとされている基本相互作用には以下の4つの力があります。
- 電磁力
- 強い相互作用
- 弱い相互作用
- 重力
グルーオン
グルーオン(Gluon)は強い相互作用を媒介する粒子です。強い相互作用というのは、陽子と中性子を結合させて原子核を形成させる力、またクォークを結合させてハドロンを形成する力です。
WボソンとZボソン
WボソンとZボソンは弱い相互作用を媒介する粒子です。弱い相互作用というのは、放射性崩壊を担う力です。この2つのボソンをまとめてウィークボソンと呼ぶこともあります。以下の図はファインマン・ダイアグラムと呼ばれるもので、上述のベータ崩壊についての時間(t)に伴う中性子(n)と陽子(p)の相互作用を表しています。真ん中の波線で示されているウィークボソンを介することによって、電子(e)とニュートリノ(ν)が放出されてい流のが図式化されています。中性子と陽子をアップクォーク(u)、ダウンクォーク(d)として3つの線で表しているのもわかりますね。
ヒッグス粒子
ヒッグス粒子は物質が質量を持つことを担う粒子です。
重力子
もう一つ、こちらは確認されていない理論上の素粒子ですが、重力を担うとされる粒子で重力子(Graviton)と呼ばれているものがあります。
まとめ
ボーアの原子模型に基づいて、元素の周期表が化学現象を非常に上手く記述するように、素粒子の標準模型もまた核物理の現象を非常に上手く記述することができるものです。まずはこの17の素粒子を基礎的なレゴブロックだと思って、慣れ親しめば良いのではないかと思います。