日本社会は「マスキュリニティ(masculinity)」の高い社会だと言われます。これは競争主義的思考が強い社会という意味です。受験戦争、就職戦争、そして昇進競争と日本社会で私たちは、子どもの頃からずっと競争に晒されます。それでいながら、調和を重んじ、出る杭は打たれるという文化ですから、日本人の多くが黙々とテストや仕事に打ち込み、その中で結果を出すことを強いられてきたのではないでしょうか。
その一方で、欧米ではテストや紙ベースの仕事で測ることのできないもう一つのインテリジェンスの重要性が頻繁に語られます。それは何かというと、エモーショナル・インテリジェンス(感情的知能)と呼ばれるものです。エモーショナル・インテリジェンスは一般に、以下の5つの要素から成り、自分や周囲の人の感情を理解し、うまく扱うことができる能力のことを指します。
エモーショナル・インテリジェンスとは
- Self-awareness(自己意識)
- Self-regulation(自己統制)
- Motivation(モチベーション)
- Empathy(共感)
- Social skills(社交性)
欧米人の多くが、日本人には禅の心があるから礼儀正しくリスペクトがあり、人に優しく穏やかなのだと思っているのは皮肉なことですが、私は日本人のエモーショナル・インテリジェンスはそれほど高くないと思います。なぜなら、エモーショナル・インテリジェンスの高い社会で自殺や引きこもりが社会問題になることはないはずだからです。
エモーショナル・インテリジェンスは、職場でのコミュニケーションを円滑にする上、そしてより豊かな社会生活を営むために誰もが発展させるべき知能です。そしてこの感情的知能は、テストで測られるような一般的な知能と同じくらいビジネスにとっては重要なものです。
それでは構成する5つの要素について少し詳しく見ていきたいと思います。
1. Self-awareness(自己意識)
これは自分がどのように感じ、その感覚や感情が何を意味しているかを知ることができる能力です。さらに自分の感情が、周りの人のどのような影響を及ぼしているかを知る能力も含まれます。どんな人にも強さと弱さはあります。すべての面において強くある必要はありません。ただ私たちは自分の強さと弱さを知り、自分の感情や感じ方を客観的に見つめる能力を持つべきなのです。
例えば、涙がこみ上げてくるようなとき、ただその感情に押し流されて泣くのではなく、自分がどのように感じているかを問うのです。そこには「悲しい」「悔しい」、そんな感情があるのではないでしょうか。では、なぜそう感じるのでしょう?頑張って準備したプレゼンがうまくいかなかったから、些細なミスで契約が取れなかったから、きっと理由があるはずです。
さらに、もしそこであなたが泣いたら、周りの人はどう感じるでしょうか?感情的になっているときに、このようなことを冷静に分析できるようになるには相当な知能が要求されますが、これこそが私たちの発展させるべきエモーショナル・インテリジェンスの第一歩なのです。
2. Self-regulation(自己統制)
なぜ自己意識が必要なのか、それは自分の感じているものとその意味を知ることによって、感情をコントロールすることができるからです。役職が上がるに連れて、任される責任が大きくなる分ストレスを感じる機会も増えます。でもビジネスの場で、感情に流される人が周りの信頼を得ることができるでしょうか?
例えば、部下が犯したミスのせいで、あなたの監督するプロジェクトに損失が出たとします。それをあなたは、もちろん人間ですからネガティブな感情を覚えます。でも、そこで失敗を犯した部下を怒鳴りつけたり、チームメンバーたちに対して喚いたりしたら、彼らはどう感じるでしょう?あなたへの信頼はガタ落ちです。さらにあなたが露わにした怒りは何も生み出しません。
ここで必要なのは、その怒りの理由を客観的に分析し、現在の状況にいかに対処すべきか的確な指示を出すことです。建設的にその感情を利用し、問題を解決する自己統制の能力こそ、リーダーに求められるものであり、あなたを昇進へと導くものです。
3. Motivation(モチベーション)
エモーショナル・インテリジェンスには、外的な支援がなくても自分を鼓舞しモチベーションを高められる能力が含まれています。モチベーションを与えてくれるような人が周りにいれば、それはとても幸運なことですが、いつもそうとは限りません。どんな状況においても、自分で目標を設定し、そこに向かうモチベーションを保ち続けられることが高いエモーショナル・インテリジェンスの条件です。
特別なインセンティブがなくても、モチベーションを維持するためには、より大きなビジョンが必要かもしれません。目先のことだけでなく、10年後自分がどうなっていたいか、何を手に入れていたいか、そういう観点を持つことも必要です。そして今どんな状況にいるにしてもスタンダードを崩さない強い意志と同時に、自分を知るということも大切な要素だと言えます。
また、この知能には他人にモチベーションを与える能力も含まれます。褒められて伸びる人と貶されて伸びる人がいるように、モチベーションの高め方は人それぞれです。周りの人がどんなことからモチベーションを得ることができるかを注意深く観察し、それを個別に適用することで周りの人のモチベーションを高めていくのもエモーショナル・インテリジェンスなのです。
4. Empathy(共感)
これは、誰かの立場に身を置いて、その人の感じていることや考えていることを理解し、相手が共感できるものを使ってアプローチすることのできる能力を指します。この能力は特に意見が対立したときには特に重要です。お互いが自分の意見を主張しているだけでは、何も生まれないからです。異なる文化的背景の相手とのコミュニケーションであれば、なおさら相手の立場に立ってみるということが重要になるのはいうまでもないことでしょう。
また、共感は相手の立場を頭で考えて理解するだけでなく、相手が経験しているであろう感情や経験を言葉で示すことによって、より効果的にコミュニケーションをとることができます。例えば、
You’ve been working really hard these days. Are you OK?(最近激しく働いているけれど、大丈夫ですか?)
と声をかけると、あなたが相手のことを気にかけている、一生懸命仕事していることが周りにも理解されているということが伝わります。そういう共感によって人と人の間に親和や信頼は生まれるのです。
5. Social skills(社交性)
社交性はただ単に誰とでも仲良くできるということではなく、ある考えを他人によりうまく伝え、また相手のニーズや不満をよりうまく認知する知能です。職場では良いことも悪いことも起こるものですが、この能力の高い人はその両方をオープンに受け止めることのできる人でもあります。
また、他人に対して劣等感や嫉妬心を持つことなく、どのように相手を褒め、どのように相手を批判すれば建設的かを判断できる能力も社交性に含まれます。もちろん相手のあることですから、必ずしもあなたの思った通りにことが運ぶとは限りません。でも人の言動に現れる小さなサインを敏感に観察し、相手を理解しようという努力は長い目で見れば必ずあなたのエモーショナル・インテリジェンスを発展させてくれるものなのです。
まとめ
エモーショナル・インテリジェンスという言葉は、日本ではまだ馴染みの薄いものかもしれません。でも、私たちのプロフェッショナルライフを変える概念だと思います。みなさんも、自分の感情、相手の感情に対して注意を払い、よりポジティブで生産性の高いビジネス、そして人生を構築してみてはいかがでしょうか?