複合現実(Mixed Reality)という言葉の意味をご存知でしょうか?Virtual Reality(VR)やAugmented Reality(AR)という言葉を知っている人は多いかもしれませんが、複合現実(MR)という言葉はイマイチピンとこない人もいるかもしれません。
筆者はイギリスを拠点に教育テクノロジー分野を研究する博士課程の学生ママです。もともとテレビなどの映像メディアの世界で仕事をしていましたが、3次元的なメディアの未来の可能性を探って、MRの科学研究やデータの可視化への応用の研究をしています。
VRやARは、ゲーム業界などちょっとマニアックなメディアと思われがちでしたが、MRはスマホやタブレット技術にゆくゆくは代わっていく大きな可能性を秘めた動きだと感じます。この記事では、複合現実について知っておくべきこと、複合現実の来たる未来に備える方法について簡単にまとめてみたいと思います。
複合現実 (Mixed Reality) って何?
複合現実という言葉をみなさんはご存知でしょうか?英語ではMixed Reality(MR)と呼ばれるこの言葉は、聞いたことがない方もいるかもしれません。簡単に言うと、複合現実は「現実(リアリティ)の世界と仮想(バーチャル)の世界を組み合わせる技術」のことです。
例えば、家のリビングにいるとしましょう。そこで、MRヘッドセットなどを装着すると、あたかもそこにいるかのように恐竜が現れる。もちろん、本物の恐竜が現れるわけではなく、デジタルの恐竜が現実の世界に重ね合わされて表示されるわけですが、これが複合現実です。これはただ単に3Dの映像が見られるというだけではなく、その恐竜に触れると、吠えるなど、バーチャルの世界とインタラクティブに触れ合うことができるというのがMRの特徴でもあります。
学術的には、90年代にポール・ミルグラムとフィンタニ・キシノが提唱した「仮想性の連続体(Virtual Continum)」に遡ります。この連続体は、現実から完全な仮想環境までの間に存在する技術のスペクトラムを示しています。現実世界を完全にリアルな環境とし、VRは完全にデジタルな環境であるのに対し、ARは現実にデジタルオブジェクトを重ね合わせます。MRはこれらをさらに一歩進め、仮想と現実がシームレスに統合され、ユーザーがリアルタイムで相互作用できる環境を指して使われる言葉となっています。
複合現実、仮想現実、拡張現実の違い
複合現実(MR)を理解するためには、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)との違いを理解することが重要です。これら3つの技術はそれぞれ異なる体験を提供しますが、いずれもデジタル技術を活用して現実世界との関わり方を変革しています。
仮想現実(Virtual Reality)
仮想現実(VR)は、ユーザーを完全に仮想の環境に没入させる技術です。VRヘッドセットを装着することで、現実世界から切り離され、360度のデジタル世界に入り込むことができます。この仮想空間では、ユーザーが自分の動きに応じて視点を変えたり、仮想オブジェクトとインタラクションすることが可能です。
VRは、ゲームやエンターテインメント、トレーニングシミュレーションなどで広く利用されていますが、完全に仮想の環境に没入するため、現実の環境との連動はありません。VRの特徴は、ユーザーを現実から完全に遮断し、仮想世界での体験に集中させる点にあります。
拡張現実(Augmented Reality)
拡張現実(AR)は、現実世界にデジタル情報を重ね合わせる技術です。スマートフォンやタブレット、専用のARデバイスを通じて、ユーザーは現実の環境を見ながら、その上に表示される仮想オブジェクトや情報を確認することができます。たとえば、スマートフォンのカメラを通じて街並みを映し出すと、その上に店舗の情報やナビゲーションガイドが表示されるといった利用方法があります。
ARは、現実世界に仮想の要素を追加することで、現実と仮想が同時に存在する体験を提供します。ポケモンGOなどの人気アプリもこの技術を活用しており、エンターテインメントや教育、産業分野で広く活用されています。
複合現実(Mixed Reality)
複合現実(MR)は、仮想現実と拡張現実の要素を組み合わせた技術で、現実世界と仮想世界がシームレスに統合された体験を提供します。MRでは、仮想オブジェクトが現実世界の物理環境と連動し、インタラクティブに動作します。たとえば、MRデバイスを使用すると、仮想的なコンピューター画面が実際のデスク上に表示され、その画面を手で操作することができます。
また、仮想オブジェクトが現実の物体を避けるように配置されるなど、物理的な制約を反映したインタラクションが可能です。MRは、現実世界と仮想世界の境界を曖昧にし、両者が一体となった新しい体験を生み出す点が特徴です。この技術は、医療、建築、製造業など、さまざまな分野で応用され、実用的なソリューションを提供しています。
複合現実はどのように利用されている?
複合現実(MR)は、さまざまな分野で新しい可能性を広げ、すでに私たちの生活や仕事の仕方に大きな影響を与え始めています。ここでは、MRがどのように具体的に利用されているのか、いくつかの例をご紹介します。
教育現場での活用
複合現実は、教育現場で革新的な学習体験を提供しています。たとえば、歴史の授業で学生が古代の遺跡をMRで仮想的に訪れることができるようになりました。これにより、教科書だけでは伝えきれない視覚的でインタラクティブな学習が可能となり、生徒たちはより深い理解と記憶を得ることができます。また、理科の授業では、人体の構造や宇宙の探検など、複雑な概念を直感的に学べるようなMRコンテンツが利用されています。こうした技術は、従来の教科書ベースの教育を超えて、学生の興味を引き出し、学びをより楽しいものにしています。
スキルトレーニングへの応用
MRは、専門的なスキルトレーニングにも広く応用されています。たとえば、製造業や建設業では、複雑な機械の操作や安全手順を仮想環境で練習することが可能です。これにより、実際の作業を開始する前に、効果的かつ安全に技能を習得することができます。また、軍事訓練やパイロットのシミュレーションでもMRが利用されており、現実に近い環境での訓練を可能にしています。こうしたトレーニングは、リアルな体験を通じて学習効果を高め、ミスや事故のリスクを減らすのに役立っています。
医療分野での利用
医療分野においても、複合現実は大きな変革をもたらしています。たとえば、外科手術の前に、医師が患者の体内構造をMRで詳細に確認することで、手術計画を精密に立てることができます。また、手術中には、MRデバイスを使用してリアルタイムで重要な情報を確認しながら作業を行うことも可能です。さらに、医学生のトレーニングでは、複雑な手技を仮想環境で反復練習できるため、実際の手術に対する自信とスキルを向上させることができます。MRは、医療の質を高め、患者の安全性を向上させるための重要なツールとして注目されています。
Eコマースやネットショッピング
Eコマースの分野では、複合現実が消費者体験を大きく変えています。オンラインでの商品選びにおいて、消費者は自宅にいながら仮想的に家具や家電を配置し、購入前に実際の空間にどのようにフィットするかを確認できるようになりました。また、ファッション業界でも、MRを活用して服やアクセサリーを仮想的に試着することが可能です。これにより、サイズ感やデザインを事前に確認でき、購入後の返品や交換を減らす効果も期待されています。こうしたMRの活用により、消費者はより賢明な買い物ができるようになり、オンラインショッピングの体験が向上しています。
デザインシミュレーション
複合現実は、建築やインダストリアルデザインの分野でも活躍しています。建築家やデザイナーは、MRを使って建物や製品の仮想モデルを現実の空間に配置し、デザインの微調整をリアルタイムで行うことができます。これにより、従来の2D図面では確認できなかった細部まで視覚的にチェックでき、デザインの質が向上します。また、クライアントやチームメンバーと仮想空間内でデザインのレビューを行うことができ、コミュニケーションを効率化し、プロジェクトの進行をスムーズにします。MRによるデザインシミュレーションは、時間とコストを削減し、より創造的で精度の高いデザインを実現します。
複合現実を体験することのできるデバイス
Meta Quest3
Meta Quest 3は、Meta(旧Facebook)が開発した次世代の複合現実デバイスで、ゲームやエンターテインメント、ソーシャルメディアでの利用を重視しています。Quest 3は、軽量で快適な装着感を提供し、没入感のある体験を可能にする高解像度ディスプレイを搭載しています。また、デバイスは6DoF(6 Degrees of Freedom)トラッキングをサポートしており、ユーザーの動きに合わせてリアルタイムで仮想世界が反応します。Metaの強力なソーシャルプラットフォームとの連携により、VRチャットやバーチャルイベントでのインタラクションがより豊かになり、ユーザー同士が仮想空間で自然に交流できる環境を提供します。Meta Quest 3は、コストパフォーマンスの高いMR体験を提供するため、幅広いユーザー層に支持されています。
Apple Vision Pro
Apple Vision Proは、Appleが開発した最新の複合現実デバイスで、ユーザーに高度なMR体験を提供します。このデバイスは、洗練されたデザインとApple独自のエコシステムを活かし、直感的な操作と高品質な視覚体験を実現します。Apple Vision Proは、ユーザーの視線、手の動き、音声コマンドに反応するインターフェースを備えており、完全なハンズフリー操作を可能にします。さらに、デバイスは現実の空間に仮想コンテンツをシームレスに統合し、エンターテインメント、仕事、教育など、さまざまなシーンでの活用が期待されています。Apple製品との連携により、iCloudやFaceTimeといったサービスも統合され、日常的なデジタル体験がさらに進化します。
Microsoft HoloLens2
Microsoft HoloLens 2は、複合現実の先駆者として知られるデバイスで、主にビジネスや産業用途に向けて設計されています。HoloLens 2は、視覚的なリアリズムを高めたディスプレイと、直感的な操作を可能にするハンドジェスチャーや音声認識機能を搭載しています。また、空間認識技術に優れており、ユーザーの周囲環境をリアルタイムでスキャンし、仮想オブジェクトを正確に配置することができます。これにより、建築設計や医療トレーニング、遠隔作業支援など、プロフェッショナルな場面での使用が広がっています。MicrosoftのAzureクラウドサービスとの連携により、データの共有や複雑なシミュレーションも簡単に行うことができ、効率的な業務プロセスを実現します。
Magic Leap2
Magic Leap 2は、Magic Leap社が開発した最新の複合現実デバイスで、前モデルよりも大幅に改良された視覚品質とユーザビリティを提供します。Magic Leap 2は、視野角が広く、仮想オブジェクトが現実空間に自然に溶け込むように設計されています。軽量で快適なデザインは、長時間の使用でも疲れにくく、さまざまなプロフェッショナルシーンでの使用に最適です。特に、医療や製造業、教育などの分野で、リアルタイムのデータ可視化や遠隔指示などに利用されており、複雑な作業を支援するツールとして評価されています。また、Magic Leap 2はエンタープライズ向けに設計されており、セキュリティ機能や大規模な導入をサポートする管理ツールも充実しているため、企業環境での利用が進んでいます。
複合現実の未来にどう備えるか?
今後、複合現実はさらに進化し、私たちの生活の多くの場面に浸透していくことが予想されます。例えば、仕事の現場でのトレーニングや、遠隔地にいる人とのリアルなコミュニケーション、さらには建築やデザインの分野での新しい表現方法としても、よりリアルでより直感的な体験を可能にするメディアとして台頭してくるはずです。
MRデバイスに慣れる
複合現実(MR)の未来に備えるためには、まずMRデバイスに慣れておくことが必要です。車酔いのように、VRには酔ってしまう人もいるため、VRには抵抗がある人も多いかもしれません。でもMRは多くの人がほとんど酔わないことが最近の研究でわかっています。
最新のMRデバイスを一度は試してみることで、複合現実の可能性を実際に体験し、その操作感や使い勝手に慣れることができます。Apple Vision ProやMicrosoft HoloLens 2は数十万円とお値段が少し張るのですが、Meta Quest 3などのデバイスはもう少し安いので、日々の生活や仕事にどのように活用できるかを体感することができると思います。
さまざまな可能性を秘めているMRですが、スマホなどほどアプリは多いくないので、最初は基本的なアプリケーションや機能を使ってみることで、徐々にデバイスの操作に自信を持ち、複合現実の世界にスムーズに溶け込むところからでも十分です。
MRアプリ開発の基礎を知る
MRの未来を先取りするためには、MRアプリ開発の基礎を知っておくことも有益です。Unityなどのプラットフォームを学ぶことで、複合現実向けの簡単なアプリケーションを自分で作成できるようになります。Unityは、ゲーム開発だけでなく、教育、トレーニング、エンターテインメントなど、さまざまなMRコンテンツの開発に使われています。初心者でもオンラインコースやチュートリアルを利用すれば、簡単なアプリを作成するスキルを身につけることが可能です。
逆にオンラインビジネスを運営している人には、MRプラットフォームへの参入はライバルに差をつける大きなチャンスともなります。例えば、オンラインコースであれば、バーチャル環境で、実際のインフラと同じ経験を提供することができるようになるからです。
まとめ
複合現実は、現実と仮想を融合させ、私たちの生活に新しい体験をもたらす技術です。まだ日常的に使われる場面は限られていますが、その可能性は無限大です。教育、医療、Eコマース、さらにはエンターテインメントなど、さまざまな分野での活用が進んでおり、私たちの未来を大きく変える力を持っています。
ゲームテクノロジーなどには疎い筆者でさえも、技術の進化とともに、複合現実はより多くの人の生活に入り込んで身近なものになってくる予感がしています。今後の展開に期待しながら、ぜひこの技術に注目してみてくださいね。